大河の一滴

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4月14日21時26分頃に、熊本県熊本地方を震源とする、マグネチュード6.5の地震が発生し、最大震度7が観測された。さらに、その28時間後の4月16日1時25分頃には、同じく熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード7.3の地震が発生し、再び最大震度7が観測された。

 

地震の震源地は、熊本。100km以上離れているにもかかわらず、建物が、崩壊するんじゃないかと思うくらい激しく揺れた。福岡でさえ、かなりの衝撃が走ったので、被災地の益城町、震度7の衝撃は、凄まじかったに違いない。

 

九州は、滅多に地震が起こることがないため、我々、アラフォー世代でも経験値はほとんどない。平成17年(2005年)西方沖地震の時は、震源が福岡だったからずいぶんと揺れたが、被害は、ほとんどなかったからだ。

 

そのせいか、地震については、「九州には、地震がこない」 そんな妙な安心感を誰しも持っていたような気がする。

 

とにかく数日間は、夜が恐ろしく怖かった。まだ、余震が続いていて、時々、揺れることがある。福岡でさえ恐怖を感じた今回の地震。

 

熊本の方は、どんなにか不安な夜を過ごされていることだろう…。

 

TVをつけると連日、被災地の状況が写し出される。今なお、瓦礫や土砂の中の行方不明者を自衛隊の方々が懸命に捜索している姿や家族の泣き崩れる姿を見る度に、本当に胸が痛む。

 

一方では、地震発生後、若い学生たちは、すぐに有志者を募り、数日後には、街頭募金を始めている姿があったり、社会人の人たちが集まり物資を箱詰めしたりトラックへ積み込む姿があったり…。

 

有志の方々の姿を拝見する度に、胸に熱い物が込み上げてくる。

 

被災地には、全国各地から、今なお、必要な物資がどんどん届けられている。

 

誰もが、被災地の方々のために、行政だけに頼るのではなく、自分に出来ることを考え、自ら進んでおこなっていた。

 

居ても立っても居られない、そんな人々のボランティアの輪が各地で広がり、阪神淡路や東北震災の辛い経験が糧となり、もっともっと早い段階で、個々の慈善の力が大きなうねりとなって拡がっていく。

 

ちょうど、あれから5年…。2011年 3月11日 東北の地震のことを思い出した。

当時、4月21日の誕生日の日にブログにこんな事を書いていた。

 

 

今日、また一つ歳を重ねた。

振り返れば、いつの間にか人生の折り返し地点を過ぎていた。
桑田圭祐が福山雅治をはじめ沢山のミージシャンを集い、東日本大震災被災地支援チャリティーソング「Let’s try again」(作詞・作曲/桑田佳祐)のミュージックビデオが完成した。昨日、被災者の方々の為に、そのビデオがTVでオンエアされた。

 

 「 新しい夜明けを信じて  今こそ立ち上がれ夢溢(あふる)る 
 
 笑顔の人生を もう一度 取り戻せ」
                                             
                               

その被災した人々を励ます歌詞に、その歌声に心が大きく揺れた。多くの被災者を、日本を励まし、復興を願う大勢のミュージシャンの応援歌がひしひしと伝わり、胸の中に熱いものが込み上げ、思わず涙が出た。

 

力のある方の呼びかけは、本当に大きな力を生み出す。 他にも、連日のように芸能人をはじめ、各界の著名人が被災者の応援に名を連ねている。

 

今回の震災は人ごとではない。

同時に思う。小さな自分…。はたして、今、何ができるのだろう?

今回、親類も災害に巻き込まれたのだが、幸いにも建物の崩壊だけで、九死に一生を得た。

でも、まだまだ多くの人たちが、不安や苦しみを抱えながら生きている。

 

TVを見ながら、被災者の悲痛な声を聞くと、本当にやり切れない気持ちになる。そんな気持ちも、一端、TVを離れてしまえば、いつものように日常の生活に追われている自分がいる。

 

大半の人がそうかもしれないが、わが身に起こらなければ、本当の意味で理解はできない。コンビニや各店舗に設置された義援金の箱。それでも我々が身近に出来る事といえば、この募金しか方法がみつからない。

 

子供には言う。

 

たとえ、心がどうであれ、1円の募金でも現実の世界では、確かに1円という尊い価値を刻んでいるって。

 

人の一生って、ほんとに分からない。

いつこの瞬間に死ぬかも分からない。

 

この世に生を受けても、「お金が欲しい」「贅沢して楽しく生きたい」…。自分や家族の幸せだけを求めて生きる。確かにそんな生き方がいいに決まっている。義援金を目当てに、窃盗をはたらく者も後を絶たない。

 

自分が楽して生きる為に…。

でも、生きることはできても、人として生きた真価が問われる。

 

五木寛之の本に「大河の一滴」というタイトルの本がある。私には、この言葉がとても印象深い。

 

我々が、いつも釣りを楽しんでいる身近な川もそう。ひとしずくの水が、たくさん集まって、大きな大河を作りだす。全てはほんの一滴の水から始まる。

 

今できること。ほんとに笑われるくらい、ちっちゃな事しかできないけれど、何かのお役に立ちたいとずっと思い続けている。

 

人さまの為に役立つ事で、自分自身の喜びと感じる人生観。

人として生きる為に、今できることを。

そんな生き方を常に目指したい。

我々、ひとりひとりは一滴の水。

その一滴が大きなものを生み出していくから…。

 

 

今なお、続く余震と向き合いながら

避難所で苦しい生活する方々のために

今、自分にできること

今しかできないことがある

 

被災地の方々の早期、復興を祈念してやまない。

 
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